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ブルガリアのバラの歴史って?
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すでにブルガリアの先住民族であるトラキア人によって、ブルガリアの地には約12種類のバラが、育てられていました。イスラムのオスマン帝国の統治下において、ローズウォーターが生産され、使われるようになりました。それは、税として徴収されていたという歴史もあるそうです。
スペインにおいて書かれた961年の暦には、最初の蒸留方法を使ったローズオイルの生産の記録がみられます。歴史的には、13世紀ごろに中東欧にローズオイルが伝来したとされます。1270年に十字軍がシリアからフランスへ「ダマスク・ローズ」を持ち帰ったということです。
後にそのバラの発育に適した環境により「バラの谷」と呼ばれることになるバルカン地方に同種のバラがもたらされました。
1680年にドイツの研究家により書かれた「花文化の小史」では、ブルガリアは既に、世界のローズオイルの主要な産地であったと記されています。
20世紀のはじめにブルガリアの生産者たちは新しい方法でオイルを精製し始めました。容器に15Kgのバラの花と60Kgの湧き水を入れました。その年の降水量にも依りますが、大抵は1対4から1対5の割り合いに保たれました。容器は下に火がつけられ、約3時間蒸留作業が続きます。その後、再蒸留されることによって、1Kgの100%オイルを作るために3000Kgもの朝摘みされた花が必要だという程、洗練されることになります。
バラの香油を保存したり、輸送したりする際には「コンコウマ」と呼ばれる銅でできた特別な容器が使われました。ブルガリアの香油の商人たちは、このコンコウマ(50gから5Kg程の容量)を輸送に使っていました。保存時には、200Kg入る大きなものも使われていたそうです。注文により、その銅の容器をフエルト素材に巻いて、それを木の入れ物に入れて輸送していたそうです。
330年にも及ぶブルガリアのローズ生産は、人々の文化に大変影響を与えました。多くのクラフト(木工、ガラス製品等)や、壁画、編み物などの多くがバラをモチーフとされています。フォークソングの中にも度々、登場します。
ブルガリアのローズオイルの生産は、19世紀に小さな小屋から始められました。現在その ほとんどは、アメリカ・フランス・ドイツ・スイス・オーストリア・オランダ、そして日本
に輸出されています。同じバラの生産国のモロッコやトルコに比べて、より高品質でより高価なものを作り出しています。
ブルガリアのバラって、そんなにクオリティーが高いの?
ブルガリアは実は世界有数のローズオイルの生産地で、特にバラの谷と呼ばれる町、カザンラクで採れる「カザンラシュカ・ローザ」は特別な種類です。今や世界中から絶賛される程ハイクオリティのバラ製品が作られるようになりました。
そのオイルは、とても高価なことから「金の液体」と呼ばれています。なんと、同じ重さの金の3倍もの値段となるそうです。1キロの100%ローズオイルを蒸留するには、約3000Kg(!)の花びらが必要だそうです。ということは、たった1グラムのオイルを作るのに、1300個以上ものバラの花が必要ということです。
ブルガリアは、花びらから芳香成分が発散されるのを最低限に抑える最高のロケーションと気候(穏やかな日差し)で、そのバラに適した気候と土壌は、バラの原産地チュニジアをもしのぐほどです。
つぼみが形成される2月には、適度な気温。そして、開花時期の5月6月には、高い湿度があり、その育成に最高の気候です。そして何よりも、この地域のブルガリアの農民の高い技術が比類ない品質のバラを生み出したのです。花は全て手で摘み取られ、収穫時期には2000人以上がその仕事に携わるという事です。毎年の収穫時期は、たった20日から25日間しかありません。3世紀以上にも渡って続けられたこの方法が、バラの性質を維持する最もよい方法なのです。
バラの谷「カザンラク」について詳しく教えて!!
「バラの谷」はブルガリアの中央に位置し、面積約780平方kmにおよびます。ブルガリア
の中央を東西に貫くバルカン山脈とスレードゥナ・ゴラという2つの山に囲まれたその土地 は、広大なアロマローズの畑があることから18世紀からそう呼ばれるようになりました。
最高の気候と地元の人々の創意工夫によって、収穫時期の5月の終わりから6月の半ばまでに、この地を訪れる人々はバラの香りにつつま れる事でしょう。また、毎年6月初旬にはこの町のバラ畑で「バラ祭り」が行われ、世界各地からたくさんの観光客が訪れます。
また、カザンラクは日本の福山市(広島県)と姉妹都市関係を結んでおり、福山で毎年5月中旬に開かれるバラ祭りのときに、カザンラクのバラ祭りで選ばれた「バラの女王」がブルガリアから訪れ、参加します。
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